第8回 ソフトウェアの虎|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第8回 ソフトウェアの虎

 「えっ4000万円!」


 その金額に耳を疑った。印刷機のことではない。ソフトウェアの値段だ。市販ソフトではなくオリジナルソフトではある。それにしても、市販ソフトならきわめて高機能のDTPソフトでさえ10万円程度で手に入る昨今、オリジナルというだけであまりの価格ではないか。もちろん、数百万本も売れるDTPソフトと一本だけのオリジナルソフトでは、開発費の負担が違う。同じく数千万円かけたとしても、数百万本売れれば、一本あたりの開発費は10円にしかすぎないが、一本しか使わないオリジナルソフトは開発費数千万円はそのまま一本のための数千万円だ。


 元々うちではソフトは自社開発をしていた。というより、ソフトを外注するという発想はなかった。必要であれば、私も自らBASICを駆使してソフトを作成したものだ。電算写植時代になって、電算のつかいこなしこそがこれからの印刷業界を制するといわれ、ソフト開発には力をいれた。プログラムを書ける人材を何人も入社させた。


 やがてソフトは次々と作られるようになった。組み版を補助、高率化したり、索引を作ったりとさまざまなソフトを自社開発した。やがてインターネットが印刷業界の次の時代を担うと言われた頃には、こうした人材はHTMLを書くのにも力を発揮してくれた。


 だが、原稿編集や名簿管理をインターネットを通じて行うころになると、プログラム開発はどんどん大規模になり手間のかかるものとなっていった。それでも、なんとか自社で対応していたのだが、段々不都合がでてくるようになった。


 もともと、自社開発のプログラムには仕様書もマニュアルもないというのがほとんどだった。マニュアルなんかなくったって、開発者がそばにいればもっとも丁寧な人間マニュアルとして、教えてもらえばよいし、少々ソフトに不具合がでたとしてもその都度開発者がとんでいって直せばいい。だから、大規模ソフト開発にしても、それをちょっと拡大すればいいだけのことと軽く考えていたら、とんでもないことになってしまった。


 まず、大規模ソフトを一人で開発させようとすると、いつまでたってもできてこない。中小企業では特定のソフト開発に専任させるわけにはいかないから、そこまで手が回らないのだ。かといって開発者を複数にすると大混乱に陥ってしまう。


 開発者が複数になると、全員の頭の中でソフトの内容と機能をすりあわせる必要がでてくるからだ。一人で開発している間は開発者一人の頭の中ですべてが構築できてしまうわけだが、開発者が複数になると、内容について全員が共有しておかないと混乱してしまう。混乱をなんとかおさめて、やっとお目当てのソフトができたとしても、大規模で複雑なシステムなのにマニュアルがないので、一般ユーザーには使い方がわからない。その上、体系的なデバッグをやっていないので、プログラムミスは頻発するし、簡単には直らない。結局、ソフト会社がやっているように、要求分析とかシステム設計とか、仕様書作成などという作業を細かく行っておかねば、大規模ソフトウェア開発はただちに行き詰まるのである。


 いろいろと試行錯誤はしたが、大規模ソフトに関しては、とても印刷会社、それも中小企業では自社開発などできるものではないということがはっきりしてきた。だいたいソフトハウスに業態変更するのでもなければ、印刷会社としてのコアコンピタンスはここにないというべきなのだ。だが、ここで冒頭の4000万円に戻ってしまう。


 自社開発は危険、外注開発は高価。「前門の虎後門の狼」とはこのことだ。印刷機なら、何年で4000万の償却が可能かの目算もたてられるが、ソフトの場合これがわからない。これからの印刷業はサービス業化とわかってはいても、この金額では逡巡してしまう。えーいここは「虎穴に入らずんば虎子を得ず」でいくしかないのか。



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