今回の話もCTPから始まる。
「CTPで出力した版を印刷したら、図形の一部がとんでるんです。いまさらやり直していたら納期におさまりません」
という悲鳴が聞こえてきた。
「図形がとぶ?」
さしだされた刷り本を見て、「なんだこれは」と思った。グラフの縦軸と横軸は版にあらわれているのに、中に書かれているはずの折れ線がない。印刷業界にはいって、いろいろなミスを見てきたが、これほど不思議なミスはみたことがない。
「なんだよ、ちゃんと校正したのかい?」
と聞くと、編集校正係は黙って、レーザープリンタから出力した校正紙を見せた。そこには細い線ではあるものの、ちゃんと折れ線がはいっている。
「CTPのバグだ。メーカーを呼べ」
メーカーもさすがに、この話を聞いてまっさおになって飛んできた。
と、ここまではありがちなCTPのトラブルのような書き出しなんだけれど、実はこれ、原因を追及してみると、今後の印刷業界の入稿体制に関わるもっと根深い問題だったのである。
実は、折れ線の出なかった図は、著者からのEPSデータでの入稿だったのである。フロッピー入稿やオンライン入稿はつい最近まで文字原稿のみだったが、最近では、図形原稿も受け入れざるをえなくなってきている。ワープロソフトが図形を簡単に扱えるようになって、著者が当たり前のように図形ファイルを添付してくるからだ。表計算ソフトの発達で、グラフはコンピュータに書かせることが当たり前になったことも大きい。
ところが、この著者入稿図形ファイルは、その昔、文字のフロッピー入稿が始まったときのように誤解とひとりよがりのオンパレード。今回の場合、線の太さ指定が具体的な線幅でなく、ヘアライン(出力できるもっとも細い線)で指定してあったのである。このヘアライン指定の場合、機械は杓子定規に、自分の出力できるもっとも細い線を引こうとする。レーザープリンタは600dpiだから、細いとはいうものの、人間の目に見える線がひける。ところが、CTPは2400dpi。細い線はかぎりなく細く、人間の判読限界を超える。たしかに、版をルーペで見ると、細い細い線がひかれてはいたのだ。いずれにしても、こんな細い線はオフセット印刷機では印刷できない。
同じ様なことはフィルム出力でもおこっていたはずだと調べてみると、フィルムの場合もあったのだ。細い線は確かに細く細くでていた。だが、フィルム上で見えないと言うことはなかったのである。ポジフィルムの上だとライトテープルで下からあぶりだされば、線は判読できたのである。こういう場合、出力ミスや現像ミスで線が細くなったのだろうと判断されて、製版で太らせるなどの処置がほどこされて、問題として表面化していなかっただけなのだ。コンピュータと刷版が直結するCTPフルデジタルの恐ろしさだ。
この問題、いろいろ考えさせられる。図形ファイルをあらかじめチェックして、解像度を変えたときに問題となるような図形をはじき出すことなどは、まずやらなければならない。そして本当に大事なのは、図形を入稿してくる著者に、印刷に使える図形の作り方を教育することだろう。
もっとも、クライアント教育といってもその効果があらわれるのは何年も先だろう。しかも、これからは図形だけでなく、デジタルカメラでの素人写真入稿とか、勝手にスキャナでとりこんだ解像度無視の写真なんかもやってくるに違いない。図形・画像は文字よりもはるかに選択の余地が大きいだけに、いったいこれから何をやってくれるのか、まったくわからないところがある。21世紀の頭痛の種がひとつ増えましたな。