第112回 オンラインジャーナルの迷惑|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第112回 オンラインジャーナルの迷惑

オンラインジャーナルは雑誌まるまる一冊分をインターネットに載せてしまう物で、学術雑誌の世界では比較的早い時期から普及していた。最近では、紙の雑誌納品のときやそれ以前の校了時点でインターネット用のPDFを納めることは一般的になってきている。速報性の重要な雑誌にとって、印刷・製本より前に情報が流されるオンラインジャーナルは雑誌の定期購読者へのサービスとして有効なのだ。


印刷会社としては、PDFという付加価値がついた分請求額もあげられるわけで、断る理由もない。紙の本とインターネットの共存による新規需要の創出なのだから、これはもう言うことはない。それにPDFだけでなくHTMLも作ればかなりの金額になる。印刷需要の低迷の中、ひさびさに明るい市場なのである。オンラインジャーナルは積極的に受注したし、提案もしてきた。本とインターネットは未来永劫、幸せな関係であるように見えた。しかし、この安定は長くは続かなかった。


あるクライアントから、部数減という通知があった。それも2割減、3割減というものではない。部数を一気に5分の1にしてしまうという。オンラインジャーナルを発行している雑誌なのだが、読者に紙の雑誌が要るかどうかアンケートをとったところ、紙は要らないという選択をした人が80%もいたというのだ。オンラインだけの読者には値段を大幅に割り引くという条件のもとの話ではあるが、「オンラインで読めさえすれば、紙の本は要らない」という読者が80%もいるという事実は印刷屋にとって衝撃である。


部数が80%も減ったのでは、売り上げは大幅な減少になってしまう。PDFを作っても、HTMLを作っても紙の本80%減に匹敵する売り上げも利益も得られないだろう。


オンライン戦略は諸刃の刃。このことは、以前から気がつかないではなかったが、突如こういうかたちでやってくるとは思わなかった。もちろん、学術雑誌という特殊な分野に限っての話ではある。大部分の書店に並ぶような本が、来年にも部数80%減になるとは思わない。しかし、じわじわとではあるが、インターネットは本の市場を具体的に蚕食しつつある。インターネットによる印刷減は今までは単なる予測だった。印刷の悲観的未来を描くときの定石ではあったが、実際に目に見えるかたちであらわれることはなかった。80%減の衝撃は、印刷というものがたたされている地位をあきらかにしたのかもしれない。


だからといって、インターネットに抗って、成功することはない。今は紙の本の優位性を訴え、部数減を極力防ぎつつ、インターネット戦略をより積極的におしすすめなければならないだろう。


我が社として最良の手段は考えてある。新規ターゲットクライアントにインターネット提案を行うのである。「インターネットを利用してオンラインジャーナルを作成して本当に欲しい人にだけ印刷物を配布することにします。これで大幅なコストダウンを実現します」などと言っては、営業にまわるわけだ。新規ターゲットだから、売り上げ減にはならない。「インターネット+少部数の印刷物」でも、すくなくとも、新規獲得した分、売り上げは増える。コストダウン提案は明るさが見えるとはいえ、まだまだ不況感の強い今、クライアント攻略にはもっとも有効だ。時代の動向がインターネットに向かっている以上、この提案は積極的な発展戦略でもある。


もちろん、この戦略はわが社一社にとっては有効だが、印刷業界全体から考えれば、迷惑以外のなにものでもないだろう。印刷需要そのものを減らせと言っているに等しいわけなのだ。だが、そこまでわかっていても、やめるわけにはいかない。結局、滅びるものは滅びる。その時、市場に何を提供して、何でもって会社を維持していくかを常に問われているのが経営者なのだから。



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