第10回 寓話、大波・小波|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第10回 寓話、大波・小波

 「もうすぐ波が来るぞ」


 かれこれ20年前。私はこの波に乗ろうと準備万端整えて待っていたサーファーだった。サーフィンボードはコンピュータ(電算機と言った方がいい)、波はコンピュータ化組み版印刷。電算の時代が来るというのは、私たちがこの業界にはいる以前から言われていたことで、高いコンピュータを買って、やがて来るという電算の時代を待ちかまえていた。技能修練も万端おこたりなく。プログラムのできる社員や、キーボードの達人といったそれまでの印刷業界に求められた人材とはひと味もふた味も違う連中を集めた。


 確かに波は来た。でも思ったほど大きな波ではなかった。ひとつには、準備万端整えた頃にバブル崩壊、受注減に追い込まれて、波が小振りになってしまったこと。そして、電算そのものがどんどん簡単になって、予想していたより多くの会社がこの波に乗ってきたからだ。電算という波にのって他社をつきはなすつもりが、ふと見ると横には何人ものサーファーがこの小波に乗っていたというところか。もちろん、何人かは波に乗れなかったり、乗ったとしても倒れてしまうということもあったけれど。


 ところが、そんな小波に乗った乗れないで競争している場合ではなかったのだ。ふと気がつくと、後ろからさらに大きな大きなインターネットの波がやってきていた。大あわてでこの波をとらえようと、あらたなサーフィンボード(インターネット関連設備や人材)を用意したが、間に合わなかった。このインターネットというサーフィンボードは、印刷業界用のサーフィンボード(電算写植関連設備)と似てはいるのだが、大きさも構造も全く違っていたのだ。


 まあいいや、あっちのサーフィンの世界とこちらの世界とは方向が違うということだ。そう思うことにした。波は大きいかもしれないけれど、向かう方向が違う。インターネットの世界がこれから西へ行く波とすれば、我々印刷業界は東へ行く波。競合もしないし、全然世界の違う話だ。我々印刷業界は印刷業界としてこの東へ行く波に乗っていればいい。それにしても少々、波が小さすぎるな。この小さな波に乗っている人数も多すぎる。


 あれれれ、西へ行くはずの波がいつまでたっても西へいかないぞ、我々の向かう方向と同じ方向に向かって行くじゃないか。これではこの小さな波はのみこまれてしまう。インターネットの波は、どんどん印刷の波を食っていくぞ。まず、雑誌の波がのみこまれたと思ったら、あっというまに新聞の波も食ってしまった。おや、あちらではテレビの波ものみこもうとしている。なんなんだこれは、この大波はメディアの大海を覆い尽くしてしまいそうな勢いじゃないか。


 まずい。まずすぎる。このままでは印刷の波も全部くわれてしまう。やはりインターネットの波に乗らなければけないのだろうか。あれ、あちらのインターネットの波にのっているのは、印刷業界人じゃないぞ。なにか人種が違う。いや、人種が違うだけじゃない。若い。どうやらインターネットの波はそれに向いたサーフィンボードを買うだけじゃ乗れないんだ。ネット世界での波乗りセンスという奴が必要なんだ。じゃあ、われわれは何も出きず、座してのみこまれるのを待つだけなのか。


 「あれ、お父さん。そんなところで何しているの」


 インターネットの大波の上から、声をかけられて、ふと上を見るとインターネットの大波で楽しくサーフィンしている息子だった。


 「なんだ。おまえか。何しているんだ」


 「次は、放送と通信の融合という、さらに大きな波がくるから、それに乗ろうと思ってね。お父さんも来る?」


 そこで、私は目が覚めた。だから私がどうしたかはわからない。



ページの先頭へ