第87回 印刷屋の領分|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第87回 印刷屋の領分

不景気です。印刷業のデフレスパイラルはとどまるところを知らない。毎年毎年、受注価格がさがっていく。いくら、コンピュータ化で合理化し、利益を維持しようとしても、それを上回る速度で受注価格がさがっていく。簡単な話なのだ。コンピュータ化で生産性は倍になった。ところが、仕事は倍はなかった。それどころか、この不況下、仕事は減る一方なのだ。生産過剰の悪夢。印刷価格は暴落してしまった。


 それでも、20世紀の間は、コンビュータ化そのものに罪はないと思ってきた。今までの印刷技術の上に、合理化技術としてコンビュータを使ったから生産過剰になるのであって、コンビュータそのものを使った新しい情報文明の時代になれば、情報産業としての印刷業界が存在しうると思ってきた。オンラインで情報をひきだせるような時代となっても、紙の上だけが、印刷ではないと考えればよいことなのだ。画面の上だって、充分印刷ではないか、そう思ってきたのだ。21世紀初頭、コンビュータがありとあらゆる家庭に入り込み、ひとびとが、ネットワークに自由にアクセスできる時代になれば、印刷のコンピュータ化で培った技術を十二分に駆使して、印刷会社はIT業者として、新たな収益構造にはいれる。その時代がもうすぐ到来すると信じてきた。


 21世紀になった。確かに、すべてとは言わないが、大多数の家庭にはコンピュータがはいった。インターネットという今まで思いもしなかった巨大なネットワークが各家庭に張り巡らされた。


 で、印刷業界は、ネットワークビジネスの主役にいるだろうか。確かに、個別にインターネット事業に取り組んでいるところはある。しかし、決して主役ではない。大手から中小まで、一度はさまざまなインターネットビジネスを手がけてはみたが、どこも主役にはなれていない。オンラインでの文書提供にしてもしかり、確かに、印刷業界で作ったデータを提供してはいるが、検索エンジン、データベース。どれも印刷業界の仕事にはなっていない。


 当社で、ある印刷の仕事が受注できなくなった。他社にとられたというような話ではない。印刷物そのものがなくなってしまったのだ。今まで印刷物のかたちで作っていた商品リストをインターネットに載せて、公開するという。それをインターネットに載せる仕事も受注できなかった。商品リストそのものは印刷会社ではなく、コンピュータのソフトハウスが受注していたからだ。今までも、データまでは、ソフトハウスで作り、そのデータをもらって、それを印刷用の組版データに加工をしてきた。印刷物がなくなるということは考えもしなかったから、この地位に甘んじてきた。いや、印刷屋の領分はそこだと勝手に自己規制してきたのだ。印刷屋はデータをもらって、印刷するのが仕事だと。


 しかし、もうそれではだめなのだ。情報流通の中心にいまや印刷物はない。それどころか、印刷物はどんどん外側へとはじきとばされている。そして、コンピュータのデータベースの進化に完全に置いていかれてしまっている。では、印刷屋はどこに活路をみいだすべきだろうか。正解はないと思う。あれば、みんなそこへ殺到して、また、価格が暴落するだけのことだ。ただ、言えることは、印刷屋の領分なんて自己規制していてはだめだということだ。印刷屋のもつ資源と能力、これをもっていかに情報流通の中心にたどりつくか。どこかに抜け道はあるはずだ。



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