先日、子供にせがまれて、CD-ROMを買いにパソコンショップへ行った帰り、あるフォントのパッケージが目にはいった。そういえば、フォントもいつのまにかパソコンショップの店先に無造作に積み上げられるものになってしまった。つい数年前まではフォントなどというものは写植機メーカーが印刷屋向けに販売するものだったのにえらい様変わりである。どれどれ、どんなフォントが一般向けに売られているのだと手にとってみて、腰を抜かした。
和文45書体と欧文303書体、それに数字書体やイラストまで含めたパッケージだったのである。欧文の方は、本家欧米ではフリーフォント(只のフォント)化が進んでいるのでさほど驚きもしないが、和文となるとひらがな、カタカナ、それに莫大な数の漢字を用意せねばならないわけで、なまなかなことでは揃えられるものではない。それが、45書体! 明朝だけでも細明から極太明まで5書体。ゴシックも同じく6書体、他にさまざまな太さをもって、行書、楷書、丸ゴシック、隷書体、勘亭流とやって30書体。この上に、独自のデザイン書体が15書体もついている。
ちょっと前だったら、こんなパッケージをつくるとすれば、フロッピーを何十枚も添付せねばならなかった。これだとインストールするにはフロッピーを何度もとっかえひっかえしなければならず、とても現実的とはいえない。ところが、今やCD-ROMという大容量媒体が極めて安く手にはいるわけで、何十書体だろうと一枚のCD-ROMにはいってしまう。逆に言うとCD-ROMがあればこそ、こんなパッケージも可能になったといえる。CD-ROMはフォント流通という世界でも常識をかえつつあるのだ。
さて、このあともう一回腰を抜かすことになる。値段である。和文45、欧文303がついて、14,800円と言うのだ。それも定価でのことだ。パソコンソフトの常として実売価格はまだこれより安い。もちろん、この14,800円フォントはTruetypeフォントで、Postscriptフォントではない。だが、知っている人も多いだろうが、もはや安かろう悪かろうのTruetypeフォントではなくなっている。Postscriptフォントが、低解像度用、高解像度用で値段を変えるという消費者無視の商売をやっている間に、Truetypeフォントでも、イメージセッタ出力が可能になっている。それに無理にイメージセッタにこだわらなくても、最近の600dpiのレーザープリンタで出力すれば、充分に版下になる品質のものができる。
それにしても、14,800円。コンピュータ関係のハードの値下がりはすさまじいの一語だが、フォントはそれ以上だ。10年前は一書体ン百万円といっていたのが遠い昔のように思える。当時、電算写植で和文45書体も揃えている写植屋さんはそんなになかったと思う。フォントを揃えているということが売り物になった時代だった。今や14,800円。これを和文の45書体だけで割れば、一書体300円そこそこである。10年間で千分の一から万分の一の価格低下である。品質は、見る人が見ればわかるだろうが、実用上はなあーんの問題もないだろう。クライアントの「ええねん。ええねん。安かったらそれでええねん」というのが聞こえるような気がする。
この次の段階は、おそらくパソコンを買うと和文100書体が標準でついてくるという時代になるだろう。つまりは素人さんのところに大量のフォントがばらまかれるということだ。さあ、もはや書体を揃えているという事も、印刷屋と素人を区別するものではなくなってしまった。最後に差がつくのは、これらハードソフトをつかいこなせる技術力だけだね。