第67回 情報文化「論」|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第67回 情報文化「論」

 実は昨年から、大学講師をやっております。題目は「情報文化論」。印刷屋のおっさんに大学の講師をやれといわれても、何をやりゃいいのかと大学当局に訊いたら、「現在の印刷業界のできごとを実況中継していいだければ結構」ということで、このコラムの様なことを文章ではなく講義でやればいいらしい。これで、「情報文化『論』」になるのかは疑問だが、これも経験と引き受けることにした。


 というわけで、20才前後の、つまり1980年前後生まれの学生さん相手に週一回講義をしている。だが、なにを説明するにも、彼らの年齢を前に絶句してしまうことがしばしばだ。この年代はものごころついたときには、家にはファミコンがあり、中学でパソコン教育をうけはじめた世代である。ちなみにパソコン初期の傑作、AppleIIは1977年の発売だから、彼らの生まれる3年も前になる。もうその世代が大学生なのだ。


 彼らのパソコンははじめっから、GUIであり、WYSIWYGである。この世代相手にDTPが印刷業界にとって、なぜ革命的な意味をもつのかを理解してもらうのは難しかった。「昔、電算写植という機械があって、一行一行コマンドを書くことで文章レイアウトを整えた」と、DTP以前のコンピュータ組版がいかに不便だったかの説明から始めなければならないのである。WYSIWYGしか知らない人に、WYSIWYGでない昔のコンピュータを説明するには苦労する。


 ましてや、活版なんて死語である。つい10年前までは多くの書物が活字で作られていたといっても、どうも信じてもらえない。彼らにとって、文章とはコンピュータでつくるものであり、金属のハンコを組み合わせて手作業で印刷版を作るなどいうことは、まったく想像の埒外のようだ。歴史的事実としては理解できるのだが、自分たちの生きた時代に活版が行われていたということはどうにも信じられないと言う。うーん。嘆息。


 私自身は、ものごころついたときから、家庭にテレビがあった最初の世代ということを意識してきた。小学校一年生で、日本最初のTVアニメ「鉄腕アトム」がはじまり、生活がテレビのリズム中心にまわるようになった世代でもある。そして、そのまま漫画を読み続け、テレビを見続けて大人になった。当時の大人達は、われわれのことを映像世代といった。同世代から多くの映像作家と、そして西和彦、孫正義、ビルゲイツといったパソコン第一世代を生んだ。映像世代と、パソコン世代とを強引に結びつける気はない。それでも、パンチカードとプリンタしか入出力装置がなかったコンピュータに、キーボードとディスプレイをくっつけ、それを遊び道具としていった発想にテレビを空気のように育ったということは無関係ではありえないように思う。ディスプレイとはまさにテレビに他ならないのだから。


 翻って、今の学生達は「情報文化」の未来に何をつくりだすのだろうか。うまれたときから、パソコンがあり、ファミコンで育ち、長じては文房具と同じ道具として、パソコンを使う。彼らは、あのコマンドラインを知らない。パソコンといえば、すでにGUIであり、WYSIWYGである。つまり、コンピュータとはアイコンをあやつって、感覚で使いこなす物なのだ。この意味は大きい。大工さんはマニュアルなど見ず自然に鋸や金槌を身体の延長として使う。感覚的に使えるものはすでに身体の延長といっていいのだ。


 そのことは事実としてはわかるが、それが文化に対して、どのような影響をもつかは残念ながら予測困難である。30年前に、TVゲームなるものが子供の遊びの主流となることは誰にも予測できなかった。われわれは、現在の延長でしか将来を予測できないからだ。コンピュータを当たり前とする世代の登場は現在の延長では少なくとも、ない。



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