第93回 フィルムの遍在|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第93回 フィルムの遍在

 今回のお題は「偏在」ではない。「遍在」である。活版なき後、オフセット全盛の現在、製版フィルムはどこにでもある。CTPが登場してきたと言ってもフィルムをまったく使わない印刷工場というのはないだろう。そうなのだ。フィルムはポジにせよ、ネガにせよ印刷会社に遍く存在している。


 フィルムは便利である。その種類はボジ・ネガ、膜面上・下の組み合わせ、4つしかない。これさえ間違わなければ、全世界どこの印刷屋に持ち込んでも印刷できる。よしんばポジ・ネガを間違えたところで、反転すればいいだけのことだ。実際、海外の会社とのつきあいが増えて、フィルムを供給されたり、供給したりするけれども、印刷できないということはない。フィルムを前提とした印刷システムは世界共通なのだ。


 日本でも「自社印刷工場が満杯だ」「それ、フィルムもって、下請け工場へ走れ」というのは日常的に行われているはずだ。それで、どこの会社へ持っていっても、印刷できないと言うことは絶対ない。実に便利である。製版フィルムというのは、これはもう規格化の奇跡といってよいかもしれない。


 それに引き替えて、コンピュータのデータは遍在できているだろうか。たとえば、CTPはフィルムを使わない。そのかわりに組版データを使ったりPDFを使う。さてここだ。こうしたデータはフィルムのように遍く使えるだろうか。否である。フィルムでなく、データでもちこむとしたら、どれだけ相手と情報をあわせなくてはならないか。まず、ソフトをあわせる。フォント環境をあわせる。もしカラーデータだったりしたら、色環境をあわせるための気の遠くなる作業がいる。PDFではやや楽にはなったが、フォントまわりではまだまだトラプルが多い。


 それにデータでもちこめるところはまだまだ少数派だ。今までフィルムをもって走っていったような印刷会社は、たいてい社長兼機長1人とオペレーター数人、昔気質の製版職人2・3人と言うようなところなのだ。コンピュータは簿記二級の社長夫人の使う経理のパソコン一台だけ。よくても、社長の娘さんのDTP用マッキントッシュがもう一台あるぐらいだろうか。こうした印刷会社に「データで送るから、印刷までやっといてよ」と言っても、「???」を連発されるだけだ。現実には、馴染みの製版屋さんに刷版までの作成をたのむことになるが、フィルムほど手軽ではない。それぐらいなら、まだイメージセッタで、フィルムをだしている方が手軽だ。


 今この問題が気になるのはフィルム製版の設備を維持するかどうかの岐路に立たされているからなのだ。CTPも導入して3年近くなると、製版の主力工程はCTPとなってしまう。が、フィルムの製版設備はまだCTP導入以前のフルの状態で維持している。さすがにライトテーブルはかなり整理したが、版下撮影のカメラも反転機も刷版の焼枠もそのまま残している。もちろん使う頻度は減った。全部CTPでやってしまう覚悟ならフィルム製版設備は要らない。逆にフィルム製版の可能性が少しでもあるなら、製版設備のほとんどは維持しなければならない。


 フィルム製版設備は上に書いたように遍く使えるという圧倒的な利点がある。人間が使う者だけに、機器の融通も利きやすい。CTPは要のコンピュータがフリーズしたり、CTPのレーザーが切れたりしたら、刷版は一枚もでない。こうなると、製版屋さんにデータを送って、出力してもらうこともできるが、夜中だったらどうにもならないだろう。だいたい、急ぎの重要な仕事ほど夜中に出力する羽目になるではない。うーむ、フィルム製版設備の廃棄は、CTPによるデジタル製版が遍在するようになるのを待つべきなのか。



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