第37回 オンデマンド印刷その後|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第37回 オンデマンド印刷その後

 オンデマンド印刷はちょうど2年前のこのコラムでとりあげて、絶賛している。印刷業界すべてを変革し、コンピュータが印刷の主役になる最終兵器だというような書き方をしている。自分で書いておいて「ようここまで書くなあ」と思うぐらいだ。それだけではなく、昨年出版した2冊目の著書「印刷はどこへ行くのか」でも、特に一章を設けて、可能性について熱っぽく書いた。


 そこまで書いておいて、われながら無責任な話だと思うが、うちの会社ではまだオンデマンド印刷機を導入していない。「あそこまで書いた経営者のいる印刷屋に我が社のオンデマンド印刷機がはいっていないのは、営業の恥」とばかり、次々押し掛けてくるメーカーさんには悪いことをしている。


 理由はこれしかない。不景気で金がないのですよ。もっとも、これは全国どこへ言ってもそうだろうし、他の機械は買ったりしているのであまり理由になってはいないともいえる。その他の理由はというと、オンデマンド印刷機はまず明らかに品質が落ちる。オンデマンド印刷機の営業マンの言うように、印刷屋のやっていることがオーバースペックであって、市場はそこまでの品質を要求はしていないのかもしれない。だが、現実に商売として、オンデマンド印刷で作った製品を売るとなるとやはり躊躇してしまう。第二に、初期投資はまだしも、ランニングコストが高いという評判だ。はたしてそれで稼いでいけるのだろうかとつい思ってしまう。


 そしてもうひとつ大きな理由がある。オンデマンド印刷に渡す前のコンピュータデータは、フルページアップでフルカラー、つまりはフルデジタルのデータであることを要求されるということである。オンデマンド印刷はコンピュータデータそのものが刷版なわけだから、版下での切り貼りやフィルムでの訂正という今の印刷屋の常識的な考え方が一切できない。ところが実際問題としては、これが難物だ。フルデジタルにしなければならないがために、通常技法より手間暇と金がかかってしまったのでは本末転倒だ。


 オンデマンド印刷を完全に機能させるために重要なのはフルデジタルがいかにその会社に根付いているかによる。フルデジタルのためにかえって金がかかっているようではオンデマンドはその威力を発揮できない。ものには順序というものがある。前半のプリプレスがしっかり対応できなければだめなのだ。


 あれこれ考えてみると、結局のところ、オンデマンド印刷で採算をとるという自信がどうしてもでてこないということになる。もちろん、採算は度外視して実験用に購入して未来の変革にそなえるというのなら話は別だが、当社はそんな余裕のある会社ではない。


 オンデマンド印刷の可能性について、私の信念が揺らいでいるわけではない。確かに、喧伝されてきたように、コンピュータから直に、しかも現在の印刷とかわらない品質で安く製品を提供できるということであるならば、オンデマンド印刷は印刷の革命となることは疑いがない。そうなれば、CDの登場の前に壊滅してしまったレコード針産業のように既存の印刷機メーカーは甚大な被害を受けるだろう。


 おそらく、現在の印刷と変わらない品質というやつは早晩達成されるだろう。ランニングコストも普及率の上昇にともない決定的に下がるだろう。結局のところ、そのときまでに、印刷屋にフルデジタルが根付くかどうかが、この紙の上の最後の印刷革命の成否を握っているということだ。



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