第109回 印刷の王道|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第109回 印刷の王道

 皆様の応援のおかげをもちまして、この連載も10年目に突入いたしました。


 この10年印刷業界は本当に変わった。電算写植からDTPへ。フィルムからCTPへ。オフセットからオンデマンドへ。しかし、そのさらに10年前というと、活字を拾って凸版印刷だったわけだから、20年の単位で考えるとあまりの変化に目がまわりそうになる。全体を統括して、変化を主導してきた経営側の私にしてこうだから、従業員の側からしたら、何もわからないまま翻弄されているという感じになるのだろうか。


 最近若い印刷部の社員が訪ねてきた。


「このままオフセットの職人として続けて行っていいものでしょうか?コンピュータが進化し、オンデマンド印刷が普及していったら、オフセットってなくなるんじゃないですか?」


 私はギョッとした。確かに、うちではこの10年ほどの間、オフセット印刷にはほとんど投資してこなかったし、私の目もいつもコンピュータやオンデマンド印刷の方を向いていた。それは、このコラムの読者のみなさんが一番ご存じだと思う。しかし、うちは印刷会社。オフセット印刷機がやはり工場の中心であることにはかわりがない。印刷工場にも毎年、新人がはいってくる。正直言って、印刷工場の若者たちが、オフセットに疑問を抱いているとは思わなかった。印刷屋で印刷機を動かすことは、おそらく、私の頭の中でさえ当たり前のことだったからだ。


 コンピュータだ。オンデマンドだといっても、それは、それ。印刷業の王道がオフセット印刷であることにかわりはない。そんなことは常識であって、私はひたすら、その王道に反旗を翻し、挑戦し続けてきたつもりだった。そして10年。はっと気がついてみると、「オフセット印刷」は若者にとっては、多くの技法の中のひとつにすぎず、それは、いつ滅びてもおかしくないものに映っていたのだ。


 しばらく考えて言った。


「オフセット印刷もいつかはなくなるかもしれない。今の乾式トナー法のオンデマンド印刷は近い将来、1000部ぐらいまでの印刷では主流になるだろう。あるいは、さらに未来になれば、紙の上の印刷がなくなるかもしれない。


 だからといって、今オフセット印刷に打ち込んで損かというと、それはありえない。確かに活版の時の職人は、電算写植が普及し、オフセット印刷がすべてを覆い尽くしていったとき、長年覚えた技法は無駄になったようにみえたかもしれない。だが、活版を極めた職人こそが、電算時代に活躍してくれた。彼らは何がいい組み版で、何が悪い組み版かを体で知っていたからだ。その目が電算時代に活きた。それが印刷職人の王道というものだ。


 今、あなたはオフセットを極めてくれればいい。オフセットを極めることで、何がいい印刷で、何が悪い印刷かを知るだろう。オンデマンド時代になっても、インターネットの画面の時代になっても、それを見極めることのできる目は必要だ。クライアントの10倍の正確さをもった目が必要なのだ。その目をもった職人のいる会社はどんな時代になってもいい仕事をし続ける。そしてひとつのことを極めたというその過程そのものが、次に続く後輩達を指導していく上で大きな自信となるだろう。すくなくとも、オンデマンドやインターネットがオフセットを上回る品質をだすまで、うちはオフセットにしがみつく。次が何かの模索はつづけるけれどもね」


 よし、オフセット印刷機、買うぞ!




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