第134回 嘘の色|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第134回 嘘の色

 印刷原稿としてPDFがやってくるようになって久しい。これ自体は最近珍しいことでもなんでもない。PDFは今やフィルムにかわって印刷製版の標準となりつつある。PDFはワークフローも確立しているから、手間が省けてありがたい。問題なのは色校がついていないことが多いことだ。ターゲットカラー指定などという玄人技があればまだましなのだが、クライアントが色校の意味を知っているはずもなく、とにかくPDFだけ唐突にやってくる。


 先方に問い合わせてみてもたいていはこんな返事しかかえってこない。


「難しく考えてもらわなくていいですよ。普通の色でいいんです。普通に作ったんだから普通で。どうせ元はデジカメだし」


 そこでクライアントに説明をこころみることになる。


「いや、デジカメの色と画面の色とプリンタの色と印刷機の色はですね。同じ赤といっても違う色なわけですよ。それぞれ発色のやり方が違いますしね。お客様がこの色と思って画面で表現されても、それが印刷機でその通り出るとは限らないわけです。そこで色校正が必要になるわけでして・・」


「いいんですったら。どうせ、デジカメに撮った写真の色なんてパソコンにもちこんだら、いくらでもかわる嘘の色じゃないですか。元が、嘘の色なんだからオタクがきれいと思えるように適当に出しというくれればいいですよ」


「・・・・・・」


 デジカメ写真が嘘の色というのは、最近、よく耳にする。デジカメ写真はあまりに簡単に色をかえられてしまう。そして、デジカメの画像自体、きれいに見えるよう、デジタルカメラ側で補正をかけているのは今や秘密でも何でもない。


 もっとも、銀塩の時代だって、写真にとった時点で嘘の色だったのだ。どんな技術的に進歩したとしても、被写体とまったく同じ色に撮れるわけではない。フィルムメーカーは発色をより鮮やかにしようとしてきた。本当の色にくらべるとかなり色相が強調されたり、彩度があがったりしていたはずだ。むしろ、カメラのフィルムに写し込まれた時点でカメラマンならカメラマンの主観の色がポジフィルムに定着させられていたというべきだろう。印刷会社にもちこまれるのは、このフィルム上の定着させられた色だった。そしてそれにクライアントは徹底的にこだわったものだ。カメラマンはフィルムに定着された色を印刷で表現することを求めたし、我々もそれに応えようとしてきた。いわば、フィルムの色は唯一絶対であったのだ。


 対して、デジカメの画像にはフィルムに相当する唯一絶対の基準がない。デジカメの液晶画面、ダウンロードしたパソコンの画面、それを出力したインクジェットプリント、そしてオフセット印刷。どれも標準にはなっていない。あるのはRGBの値だけ。RGBのそれぞれがどんな色で、それが混ざればどんな色になるのか実は誰にもわかっていないのだ。これではやはり嘘の色だ。


 やはり、デジタル写真にも基準がいる。もちろんターゲットカラーなどというありがたいものがあることは承知している。しかしターゲットカラーが、すべてのデジカメ標準になっているだろうか。すべてのインクジェットプリンタのプロファイルは作られているのだろうか。このままでは、いつまでたっても、嘘の色の嘘の塗り重ねを続けるだけになってしまう。


 事は、印刷業界だけに限った話ではないから大事だ。でも標準の色の普及を主導できるのは、印刷業界しかないし、すべきだと思うが如何。



ページの先頭へ