第96回 電子メイルの蹉跌|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第96回 電子メイルの蹉跌

 この連載の末尾にはhide2@nacos.comという私の連絡先アドレスが書いてある。なぜhideではなくてhide2かというと、実はhide@nacos.comというアドレスは純粋に会社の仕事用に長く使っているからなのだ。ついでにいうとco.jpではなくて、.comなのは、ドメイン名をとろうと思った当時co.jpがとれずに、しびれを切らして.comでとってしまったからだ。結果として名前の上ではドットコム企業である。


 このhide@nacos.comにはずいぶんお世話になった。このメイルアドレスからはじまった仕事は数知れないし、トラブルのお詫びもここからずいぶんだす羽目になった。電子メイルアドレスと個人は一心同体というのがIT社会なのだ。


 が、hide@nacos.comは今にして思えば、あまりに無防備だった。ホームページに堂々と載せていたり、アンケートやショッピングもこのアドレスを無造作に使っていた。あげく、このアドレスはどこかの名簿業者に流れたらしい。来るわ、来るわ。宣伝メイル、アンケートメイル、政治メッセージメイル。いわゆるジャンクメイルである。そして86回(2月号)でも書いたように、大量のウィルスメイル。今年の2月頃はそれでも律儀にジャンクを消すのが日課だった。メイルアドレスを変えようかとも思ったが、これだけ一心同体となっていると、変えるのには決心がいる。突然、一年前にだした見積もり書への返事がこのアドレスへ帰ってきたりするからだ。私のアドレスがみなさんには私と認識されているわけだから、これを変えるには相当の勇気がいる。


 だが、もういくらなんでも愛想がつきた。出張先のノートパソコン、低速のモデムでえんえんとダウンロードしたあげく、ずらずらとジャンクメイルが並んだのを見て切れた。「アドレスを変えるぞ」


 変えること自体は簡単だ。要は、私と一心同体のこのアドレスの変更をどうやって通知し、どうやって変えてもらえるかだ。まずはと最近いただいたメイルの送り先をかたっぱしから、アドレス帳に登録した。そして、ある日を期して一斉にこのアドレスに同報でメイル変更通知を送り出した。その数、数百件。文面に曰く「hide@nacos.comはジャンクメイルの嵐で機能不全に陥りました、よってここにアドレスを変更します」


 ただちに、何人かから返事があった。やはりみなさん同じジャンクメイル攻勢には悩まされているらしく、ご理解いただけたようだ。新しいメイルアドレスは、もちろんここでは書きません。もう、そんな愚はおかしませんよ。


 そして、静かになった。


 新しいアドレスには一日数通のメイルしかこない。必要な人にしか知らせていなければ、これですむのか。新鮮な驚きだ。来るのは大事なメイルばかり。もちろん、hide@nacos.comは、そのまま残して、一日一回、暇なときにチェックしている。何通か旧アドレスに重要なメイルが届いて、冷や汗をかいたし、見逃して返事がだせてないまま不義理をしたメイルもあったようだ。


 逆に気がついたのは、電子メイルというのは今やあんまり信用されていないということなのだ。返事をしてなくても、怒る人はいなかった。「そんなこともあるでしょう」という感じなのだ。あまりのジャンクメイルやウィルスの山に、見ないまま消去したり、見逃したりというのはもはや日常茶飯事なのだ。そしてそれを責める人は誰もいない。


 「今や重要なものはメイルじゃなくて、郵便やFAXを使うんですよ」


 うわっ、電子メイルの時代ははじまったと思ったら、もうおわっちまうのか。結局のところ、紙の上の印刷が一番強いのかもしれません。



ページの先頭へ