第5回 スキルインフレ|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第5回 スキルインフレ

 印刷機材の営業マンが新しい機器の売り込みにくるとする。まずはその機械の新性能を訴えるだろう。そしてその次にかならず言うのがスキルレスである。


 「難しい操作はなにもいりません。新人さんでもすぐ使えるようになります。云々」


 確かに、最近の機械は簡単になっている。新入社員がDTPを使って、仕事ができるようになるまで1ヶ月もかからないし、最近では学校でDTPの授業をとって入社したという人も珍しくない。その昔、電算写植の時代のオペレータの育成には手間暇がかかった。中には結局、習得をあきらめた人もいた。それなりに特殊技能だった。


 スキルレスは印刷機材屋の言うとおりだと、大幅に人件費を削減でき、利益率の向上に貢献するはずなのだが、そうなっているとは言い難い。なぜなら、スキルレスということはどこのどんな会社でも、機械さえ買えば業界に参入できると言うことだ。まずいことにスキルレスの機械がまた安価と来ている。そこへもってきて参入業者が増えても、書籍需要をはじめ印刷需要は完全に頭打ちだ。供給過剰と市場縮小が同時に進行したら何がおこるかは、素人でもわかる。価格の暴落である。スキルレス化とは価格の暴落と今のところほぼイコールなのである。限られた数の職人で限られた仕事を割り振っている間は値段の下がりようもなかったが、無限の参入を可能としてしまったのではたまらない。最終の印刷価格は競争の結果、おちるところまでおちてしまった。


 そこで、2つの行き方がある。一つは、とことんこのスキルレスの価格低下につきあった上で、徹底した合理化努力により利益を生み出すという方法だ。量の勝負といえる。この方法はあふれる企業家精神でさらなる投資を重ねる強気の経営となる。「印刷雑誌」を読むような方々はこちらのタイプが多いのではないかな。これは経営の王道ではあるが資本力の勝負でもある。資金調達すらままならない中小印刷企業ではおいそれとふみふだせない。


 もうひとつはスキルをより高めて、他の会社が追随できない特殊分野に活路を見いだすという方法だ。いまいる従業員や機材を十二分にいかして、あまり投資せずに他社と差別化をしていく。中小でこそやりやすい戦略でもある。うちはもちろん、こちらの方法をとった。


 しかしこのスキル向上策、終わることがない。どんなに高度なスキルを駆使しても、ただちにそれもスキルレス化していく。いい例が、難漢字である。漢字は電算写植時代、その機械の持つコード表の範囲しかでなかった。たいていJIS第2水準ぐらいまでしか扱えず、それ以上の旧字体などはかなりのスキルをもったオペレーターが工夫に工夫を重ねて出力していた。それが、外字コードやユニコードの普及であっというまにスキルレス。難漢字だけでは商売にならなくなった。それで、またスキルの向上をはかって、漢字以外の文字をだすとか、数式組に特化するとかやってみるのだが、当初はいいとしても5年もするとそれらもスキルレス化してくる。これがスキルインフレである。冒険マンガで敵役インフレというのがあるが、それに似ている。主人公がとてつもなく強い敵役をたおすと、次週からもっと強い敵役があらわれ、それをたおしても次々により強い敵役があらわれ、最終的には現実離れした化け物となってしまうという現象を揶揄した言葉だ。


 スキルインフレはスキルレス化してしまった分野での価格暴落がおこる前に、さらに難しいスキルを手に入れるということを繰り返す。しかし、マンガの敵役インフレと違ってこちらには終わりがある。そんな難しい仕事の需要などそんなにあるわけではないからだ。スキルインフレをすればするほど、市場が狭まってしまというジレンマに陥ってしまうのだ。


 高度なスキルを獲得するというスキル自身がどこかで活きると信じてやるしかないなあ。



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