第34回 静かな展示会|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第34回 静かな展示会

 印刷関係の展示会に騒音はつきものだ。デモ用にもちこまれた印刷機械が派手な音を発するからである。営業マンも客もよほどの大声をださないと商談ひとつできない。展示会場を見渡せる2階のテラスにでてみると、会場全体がうなり、熱気を帯びているのがわかる。印刷屋にとってはこの大騒音が活気の源だった。


 最近、京都でも4年ぶりに印刷機械の展示会があってでかけた。当然、会場に入った瞬間、騒音と熱気にさらされると思いきや、これが意外と静かなのだ。理由は簡単、音を発するような印刷機械が、あまり出品されていない。それではなにが出ていたか。コンピュータである。東京や大阪の大きな展示会では、印刷機械とコンピュータは出展会場を分けるのが普通だから、こんなことはあまり意識しないのだが、京都のような小さな展示会ではなにもかもひとつのフロアーに持ち込むから、静かさがきわだつ。


 それに出展されている印刷機械の方も、昔ながらのオフセット印刷機ばかりと違ってオンデマンド印刷機のようなあまり音を発しないものになってきている。これでは静かになるはずだ。静かな展示会は印刷機械の主役交代を象徴しているのではないだろうか。印刷業界の設備投資の重点がプレスからコンピュータへと変わったのだ。展示会の静けさはそのことを反映しているのである。


 良くも悪くも、オフセット印刷機は印刷機械の主役であり続けてきた。高速化、大量化、そのための大型化の道をオフセット印刷機はまっすぐにのぼりつめてきた。4色機は一時期、印刷業界に莫大な儲けをもたらした。そのころの展示会は営業マンも印刷会社の経営者もノっていた。騒音の中に希望があった時代だ。しかし、いくら、高速化したって大量化したって、限界がある。だいたい印刷物の需要そのものが頭打ちだ。


 印刷をめぐる状況そのものもかわった。大量に同じものを刷って、日本中が同じものを同じときに読むというのがはやらなくなった。各個人が自分の興味に応じ、好きな時間に好きなものを読むというように変わった。まさしく、オンデマンドである。ほしいときに、ほしいものを、ほしいだけ確実に、の思想である。多品種少量生産の時代がやってきたのだ。この分野はコンピュータが、もっとも得意とするところだ。


 かくてオンデマンド印刷機や各種のコンピュータが、印刷展示会の主役になったわけだが、オンデマンド印刷機やコンピュータのブースにはかつてのオフセット印刷機が展示会で見せつけた騒音とともにあった熱気はない。静かになったとともに、やはり活気も失われた気がする。原因はなんなのだろう。おそらく、この機械はすごいとつめかける人波がないのだ。要するに、主役という割には貫禄がない。


 なぜなのだろう。オンデマンド印刷機は価格的にも品質的にもオフセット印刷機のいまだ代替たりえていない。多品種少量生産の時代にすこしばかりのニッチを獲得しただけだ。コンピュータにいたっては、大きな顔をしていた電算写植機が早々と主役の座をおろされ、素人なみの演技(組版性能)しかできないDTPが、数と価格の力で、主役の顔をしている。要するに、まだ役者としては小粒である。


 今、業界のかたすみにいるものとして、主役らしい主役の登場を待ち望む。少々お高くても、使い方がむつかしくても、莫大な利益を約束してくれる機械がほしいと思う。そう、儲けの出せる機械だ。おそらくはオンデマンド印刷機かコンピュータ製版の中から姿を見せるとは思うが、具体的なかたちはまだわからない。そうした機械が展示会に出品されたときにはじめて、本当に印刷機械の主役が交代するだろう。



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