第121回 若々旦那の現在|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第121回 若々旦那の現在

 若々旦那は、私より若い世代のことだ。私が若旦那なら私より若い世代の経営者は若々旦那としかいいようがないので、この名前をたてまつった。世代論は一般にはあまり意味のないことが多いのだが、印刷業界は我らの世代を境にしてコンピュータによる大変化をとげていて、世代間の意識の差があまりに大きい。私より若い世代、若々旦那世代こそ、活版も手動写植も知らない初めての世代となる。業界にはいったときから印刷現場にはコンピュータしかなかったという世代なのだ。この世代、コンピュータが嫌いだったり、使いこなせなかったりでは印刷屋としてつとまらない。むしろ、CD-ROMやインターネットを印刷の仕事と心得、自分でホームページも作り、プレゼンテーションはパワーポイントを使いこなす。そんな世代でもある。


 この新しい世代は当然のように、コンピュータを通じて仲間を形成していった。初期はパソコン通信で、最近はインターネットの掲示板で、コンピュータの可能性と新しい事業への希望を飽きず語り続けていた。私自身、コンピュータを通じての若い世代との交流は本当に楽しかった。そこで、どれだけ励まされ、勉強させられたことか。


 だが、若々旦那世代の話を業界団体なんかですると、「そんな連中、どこにいる」という顔をされることが多かった。私のまわりのごく特殊な連中のことと思われていたらしい。若々旦那世代はインターネットの上では業界主流にはなっていたとしても、いわゆる工業組合といった業界団体レベルでは今までまったくめだたなかった。絶対数が少ないということはある。印刷業界は不況が続いているせいもあり、若い世代が経営を継ぐと言うこと自体が多くはないのである。しかし彼ら若々旦那が旧来の業界で目立たなかった本当の理由は、あまりに旧来型の前コンピュータ時代経営者と感覚が離れていたからではないのか。なにせ、若い世代がコンピュータを喜々として使い、あらたな印刷業の領域を拡大しようとしている間、年配の諸氏はコンピュータを使えないことを自慢しあうばかりで、思考停止におちいっていたわけなのだから。


「コンピュータになっていいことはひとつもない。活版のころは儲かったのになあ」


という愚痴をどれだけ聞かされたことか。これでは若い世代はあきれて工業組合などによりついてこないだろう。


 が、コンピュータ10年。時代はかわりつつある。21世紀になって5年立ってみると、こうしたコンピュータに馴染んでいなかった世代の方々は、一人また一人と業界から去って行かれた。ある方は鬼籍に、ある方は会社の退場とともに。かわって、コンピュータ1台もって参入してきたデザイナーやオペレーターの会社が大きくなって、その創業経営者が業界団体に顔をみせるようになった。


 そして若々旦那世代が社長になった。


 どうも、本当に時代がかわりそうだ。昨年あたりから、業界団体で普通にコンピュータの話題がとびかうようになったように感じる。私、「若旦那」中西秀彦もふと気が付くと業界団体では若手ではなくなっていた。中堅である。下手すると若い連中の話題についていけなくなりつつある。さんざん、古いコンピュータをわからない世代に毒づき続けてきたこの私もまわりに仲間がふえたと思ったとたんに、唾棄され、のりこえられるべき旧世代となっているのかもしれない。


 時代は巡る。今年もよろしくお願いします。



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