第71回 ソフト指定の憂鬱|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第71回 ソフト指定の憂鬱

 最近、受注の時に使うソフトが指定されることが多くなったと思いませんか。たとえば、組版は○○を使ってくれとか、描画は△△でやってくれとか。指定されないまでも、実際にそれを使わなければできないような入札仕様書がでてくることもある。


 入札などではあまり特定のソフトウェア使用をうたうと不公平という非難がおこるのをおそれてか、PDF納品とかSGML納品というようなかたちで表面上は公平を装っていることもあるが、これとて特定の社のソフトでなければ、不可能なわけで、実質的にはソフト指定とかわりない。


 PDFは対応の範囲が広いからまだ許せるにしても、SGMLを要求されるとやっかいだ。現状では、まともなSGMLファイルを出力できるソフトはごく限られる。もちろん、SGMLは単純なテキストファイルにすぎないから、ごりごりエディタで書いてもいいわけだが、実用的とはいいがたい。結局のところ、SGMLを要求されれば、特定のソフトを使わざるをえなくなってしまう。これも、立派なソフト指定ではないか。


 元々、印刷屋がソフトに何を使うかは、印刷屋の裁量の問題だった。各印刷会社がそれぞれにソフトの得失を見極めつつ、今まで使ってきたソフトや今、現にある機材との整合性をも考えあわせ、何を使うかを決めてきた。クライアントに提供するのは、最終的には製品としての印刷物だけのはずだ。印刷物の出来映えにさえ満足してもらえれば、過程が問われることはあまりなかった。


 それがいつのほどにか、あれを使え、これを使えとさしでがましくなってきた。


 理由はいろいろあるだろうが、DTP時代になって、データの2次利用が盛んになってきた事が大きいような気がする。特定のソフトで作ってさえあれば、印刷屋で作ったデータをクライアント側で加工して別の用途に使えるというわけだ。


 電算写植の時代にも、クライアントがデータをわたしてくれと言いだして問題になったことがあった。しかし、当時の電算写植のデータは素人にわたしても、使えるような物ではない。従って、もったいをつけてテキストデータに変換してわたすぐらいのことですんだ。今は、クライアントの側からどうどうと、自分たちの理解できるもの、使える物を要求してくる。


 逆に、クライアント側が特定のソフトでデータを作ってくるためにソフトが指定されてしまうという場合も多い。DTPというのは、その出自からしてプロのものではない。素人が自分たちでも作れるという性格の物だ。そのせっかく作ったファイルが印刷屋の側で、こまぎれにテキストまで解体され、もう一度、一から組み上げ直されるというのは、クライアントにしてみれば、どうにも理不尽な思いがするらしい。この心情は理解はできるし、もちこまれてくるファイルがトホホファイル(素人独特のあまりうまくない作り方をされたDTPファイル。印刷屋で手をいれるのがとてつもなく大変)でなければ、拒否するいわれもないのだが、プロとしてはなにか釈然としないものが残る。


 だいたい、こうしたソフト指定は素人でも使える物という基準からして、一般的で人気があり、操作も容易なソフト、必然的に組版能力的にも平均点な物となりがちなのだ。会社としての特色をだそうとして個性的なソフトを選ぼうにも、クライアントが許してくれないのである。


 もちろん、こうやって没個性のソフトを備えあうとしても、印刷会社間で使いこなしの技術に差はでるだろう。しかしソフトが一般的であればあるほど、そのノウハウの差はすくない。同じソフトを使って印刷屋の間で差がつくのは価格競争だけということになれば、これは情けない。



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