第39回 名刺新世紀|学会誌・学術印刷全般・学会業務受託など、文化学術の発展に貢献する中西印刷

第39回 名刺新世紀

 うちのようなページ物印刷屋(出版印刷物としゃれて言ったりもしますが)にとって、名刺は正直言って厄介者だ。ページ物中心の設備の中で名刺印刷のような小さなシステムは運用していられないし、営業も千円単位の金額では動きづらい。それでも、お得意さんから注文があると断りづらい。つまるところ、名刺のためにわざわざ出向いて、注文を聞いて、校正をだして、協力会社に印刷を依頼して、できあがりを取りに行って、納品に行く・・・これって原価はいくらになるだろう。まともに積算をしたら、1万円は軽く越えているだろう。かといって、名刺に1万円なんて値段をつけたら、他の注文までこなくなってしまう。


 ところが、よくしたものでいいものができている。ご存知、名刺プリンタである。この小さな小さなプリンタは、名刺サイズの紙を吹いこんで、印字して出力してくるだけのものだが、品質は結構いい。専用のソフトを組み合わせると、おもしろいシステムができあがる。コンピュータ上でレイアウトを決めて、名前や住所などを入力してやると、ごく簡単に名刺ができてくるのだ。その昔、活字を並べたり、写植を切り貼りしていたころに比べると、嘘みたいに簡単だ。


 さて、このプリンタのすごいところは別にある。気がつきましたか。私はX行上で「『名刺が』できてくる」と書いた。「『名刺の版下が』できてくる」とは書いていない。つまり、このプリンタの出力は版下になるのではなく(版下としてもいいが)、そのまま商品としての名刺になるのである。コンピュータから、直に出力してそのまま製品とする・・・どこかで聞いた話だと思われるだろう。これはオンデマンド印刷に他ならないわけだ。名刺プリンタとは、実はもっとも小さなオンデマンド印刷機であったのだ。


 導入するまではその効果に半信半疑だったが、導入してみるとあまりの便利さとおもしろさに、名刺プリンタはいっぺんに会社中の人気者になってしまった。ひとつには、手軽に使ってもらおうと、これを印刷やプリプレスの現場ではなく、総務課においたことが大きい。昼休みにでもなると、社員がいれかわりたちかわりやってきては、自分専用の名刺を作って遊んでいる。楷書など、昔苦労した名刺用の書体も全然問題ない。いまやTrueTypeであれば書体はただ同然になってしまったから、どんな書体であろうがほぼ無限に使える。POP書体の名刺は女子社員に人気だし、隷書や行書の名刺はおじさん連に受けている。


 こうした使いやすさが、副次的にある効果を生んだ。営業が名刺ぐらいなら、いちいち指示書を書くよりも、自分でやっちゃおうということになったのだ。当然原価も安くなる。現場を通さず、営業がワープロで指示書を書く手間で、製品ができてしまうのだから。おそらく、うちの会社が名刺を「印刷」することはもう二度とないだろう。


 名刺程度でもこの程度なのだから、オンデマンド印刷が本当に動き出す時代には印刷業が根本的に変わってしまうことを実感させられる。もちろん、いい方に変わる印刷屋もあれば、悪い方に変わる印刷屋もあるだろう。たとえば、今まで当社が名刺印刷をたのんでいた協力会社さんは悲鳴をあげている。そりゃそうだ。名刺印刷専門の業者さんにとってみれば、うちからの名刺印刷の注文がいきなりゼロになってしまったのだから。オンデマンド印刷の時代、受注がいきなりゼロになる印刷屋は多いだろう。おそらく。事務用印刷物全般に関してはその日は間近だ。どうなりますことやら。



ページの先頭へ